雑誌にも出ていたメガドライブ版テトリス情報。BEEP1989年5月号より抜粋
雑誌にも出ていたメガドライブ版テトリス情報。1989年4月15日発売とある。BEEP1989年5月号より抜粋

1989年。まだ私が中学生だった頃の話をしよう。

これはある1本のゲームがメガドライブで発売されなかった事を巡っての小さな事件の話だ。

メガドライブで発売されるはずだったテトリス

友「メガドライブでテトリスって出るんだよな?」

私「出る出る。雑誌に書いてあったよ」

彼の名前は永森君。

小学校の頃から近所に住んでいて中学でも暇があれば一緒に遊ぶ仲だ。そんな永森君からの質問に対して私はそう答えた。

手元にあった中でメガドライブ版テトリスの発売情報が掲載されて「BEEP 1989年5月号」
現在確認できた雑誌では「BEEP 1989年5月号」にメガドライブ版テトリスの発いた売情報が掲載されていた

1989年、春を迎えようとする頃、

各ゲーム雑誌でメガドライブ版テトリスの発売が告知されていた。
そして、それを知っていた私は彼の質問に対してなんの迷いもなく答えた。

「メガドライブでテトリスは発売されるよ」

アーケードで話題となった『テトリス』

1988年にセガから出たアーケード版のテトリスは、一言で現すなら「ずっとプレイしていたくなるゲーム」だった。

アーケード版のセガ テトリス。※画面はセガ公式サイトPS2 AGES2500より

「落ちてくる7種類のブロックを揃えて消す。」

単純な仕組みだが、ブロックを着地させた時に重く響く「ズシン」とした効果音、そして、テトリスを決めた時に4列が颯爽と消え、上のブロックが「ドン」と落ちてくる演出がとても気持ちよい。ゲームセンターで上手い人がプレイしていると思わず後ろで見入ってしまう。

シンプルなゲーム性こそが持つ魅力、徹底して追求されたであろう操作性、誰もがひと目で理解できるわかりやすさがそこにはあった。

淡々とブロックを積み上げては消しを繰り返しているうちに、いつの間にか周りの音は消え、テトリスの重たい効果音と画面の中のブロックの移動だけが頭の中を往復する。それはどこか耽美で、かつ退廃的で、ただずっとテトリスをしていたくなる。

アーケード版テトリスはそんなゲームであった。

BPSのファミコン版テトリス

そして、1988年12月22日 ファミコン版『テトリス』がBPSから発売された。

しかし、ファミコン版テトリスには残念ながらアーケード版が持つ効果音や演出の面影はなく「凡作」と評する以外何者でもない作品であった。それでも、ウチではゲームをほとんどやらない母が購入した数少ないファミコンソフトの一つだ。

『テトリス』がメガドライブで出る

それから程なくしてメガドライブ版テトリスの発売を各ゲーム誌が取り上げた。

ファミコンではなく、グラフィックも音源も強化されたメガドライブでテトリスがリリースされる。ファミコンでは表現できなかった効果音が、操作が、演出がメガドライブなら可能だ。

私は確信した。

来る。テトリスと共にメガドライブの時代が来る。

今までメガドライブに目を向けなかったクラスの友達、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーで騒いでいる全員がメガドライブを買う日が来る。そんな予感を感じさせる衝撃の1本だった。

テトリスが出ると信じてメガドライブを購入した永森君

話は冒頭に戻る。

永森君はその後メガドライブを購入した。正確には彼の従兄弟がメガドライブを買ってくれたのだ。

彼のメガドライブ購入のきっかけは、

『メガドライブでテトリスが発売される』

という私の言葉だった。

永森君が歳の離れた従弟(20歳ぐらい?)にその事を話したところ

『テトリスが出るならメガドライブを買ってやるよ。金は全部俺が出すから。』

という流れになったらしい。

中学では多くなかったメガドライブ仲間の誕生である。

メガドライブで発売されなかった「テトリス」

しかし、多くの諸氏がご存知の通り、結局メガドライブでテトリスは発売されなかった

俗に言う「テトリス事件」である。

テトリス事件:メガドライブ版テトリスの版権はどこから手に入れた?

BEEPの1989年5月号より抜粋。メガドライブ版テトリスの発売日と画面写真付き

「テトリス事件」への言及で注目すべきは本写真のCOPYRIGHT表記だ。

(C)1987 ACADEMY SOFT-ELORG
(C)1988 TENGEN INC.

簡単に「テトリス事件」について記載すると、元々テトリスの権利は、御国元のロシア科学アカデミーにあり、ソ連外国貿易協会 Elektronorgtechnica エレクトロニカ社(以下ELORG社)がその版権を得ていた

セガはテトリスのライセンスをELORG社から直接ではなく、TENGEN(テンゲン社)から権利を受けていた。しかし、セガが取得したこのTENGEN社経由のライセンスはELORG社が許可した正規なものではなかった。

そしてこの事件の引き金を引く任天堂は「家庭用ゲーム機のテトリス販売ライセンス契約」を正式な版権を持つELORG社から直接取得。その後の裁判で、ELORGから権利を受けた任天堂/BPS以外からの販売を否定する判決が下ったため、TENGENから権利を取得したセガのテトリスは、発売目前で世の中に出せなくなってしまったというのだ。※理解が正しくない可能性があります。

テトリス事件の詳細はリンク先参照。

 

さて、話を私達のテトリス事件へ戻そう。

今でこそ「テトリス事件」についてはインターネットで経緯をすぐに知ることができるが、当時はそんなものはなかった。

雑誌に『1989年4月15日発売』と銘打たれ、画面写真まで掲載されていたメガドライブ版「テトリス」がいつの間にか消えていた。

中学生だった私達にとっても、テトリスがメガドライブで発売されなかった事はそれ以上でも以下でもなく、やがて、私達の尽きない好奇心の対象はすぐに他のゲームへと移っていくのだった。

私達の「テトリス事件」、殴られた永森君

そんなある日、いつも通り中学へ登校すると、教室で会った永森君が顔に青タンを負うケガをしていた目の周りに青いアザがくっきりと出来た漫画のような青タンであった。

普段からケンカなどそうそうにしない彼だ。

「どうしたの?何があった?」

そう聞いた私に、彼は軽く笑いながらいつものように屈託なく答えた。

「テトリスが出なかったから従弟に殴られたわw」

「え?……マジで?」

メガドライブでテトリスが出ない事で従兄弟が激昂

恐る恐る理由を聞いてみたところ、

メガドライブ版テトリスがいつまで経っても発売されない事に苛立った永森君の従兄弟は、

『メガドライブを買わせるために、永森君が「テトリスが出る」と嘘を付いた』

と考えたらしい。

そして、従兄弟は「テトリス目当てで購入したメガドライブ」への怒りを拳に変え、永森君はその顔面を殴られたのだ。

嗚呼なんという事だ。

太宰治の「走れメロス」でもメロスは疑った友(セリヌンティウス)の頬を殴ったが、テトリスがメガドライブで出なかったとしても、

「ま、メガドライブだしな」

と言って力強く抱きしめてくれたのではなかろうか。

永森君の従兄弟が振るった暴力に理不尽を感じつつも、メガドライブ版テトリスが出ると断言したのは私なのだ。

私のせいなのだ。

この場合、頬を差し出すのはメロスではなく私だ。

手元にあった中でメガドライブ版テトリスの発売情報が掲載されて「BEEP 1989年5月号」
手元にあった中でメガドライブ版テトリスの発売情報が掲載されていた「BEEP 1989年5月号」

「ごめんな。発売予定にテトリスが載っている雑誌ならあるんだけど……」

と今更言ってみたが、そんな事で殴られた彼の頬が治るわけでもなく、彼は笑いながら

「もういいよ」

と答えた。

そして、その後もちょくちょく彼の家に遊びに行った。

いつ永森君の家に遊びに行っても、姿の見えない従弟に若干怯えつつ、中学時代は一緒に「スーパー大戦略」や「大魔界村」を共に楽しんだ。

 

これがメガドライブのテトリスが発売されなかった事にまつわる私の思い出だ。

今考えると、セガの本社ではもっととんでもない事態が繰り広げられていた事は想像に難くない。

しかし、あの当時私のすぐ側でも、テトリスが発売されなかった事によって、殴られた頬が確かにあった。

 

あれから30年。

2019年6月4日。メガドライブミニで「テトリス」の収録が発表された。

永森君は今頃どうしているのだろう。

彼はまだ私達だけの「テトリス事件」を覚えているだろうか。

そんな昔の出来事を思い出させてくれたメガドライブミニ。
「テトリス」収録という奇跡をインターネットの片隅からひっそりと祝いたい。